凡人が"読む価値のある書評記事"を書くための3つの方法

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本・読書に関する記事をメインで執筆している私だが、この記事では、自分への戒めも込めて「読まれる書評記事を書く方法」について考えたい。

大前提:書評記事の価値は低い!

まず、大前提として、"書評記事の価値は低い"という現実から目を背けることは出来ない。もちろん、一冊の本を読了した後に、メモがてら書評記事を書くことは、知識の定着につながるという副次的な効果はある。しかし、書評記事が読者の役に立つか、ひいてはアクセス数の増加につながるかと言えば、それほどの効果は期待できない。

書評記事の価値が低い理由:既に加工された情報をベースにしているから

書評記事の価値が低い理由は、ずばり、既に加工された情報をベースに書かれていることが多いからだ。要するに、本の内容を切り貼りして作った、ただの要約になりがちだからだ。

例え話で説明しよう。本を食べ物に例えれば、ラーメンのような最終製品だ。それを切り貼りして作ったブログ記事は、いわばラーメンに乗っかってたチャーシューとメンマだけ食わせる店のようなもんだ。確かに、チャーシューはラーメンの中で一番旨いバーツかもしれないけれど、チャーシューだけ食っても仕方が無い。だけど、世の中に溢れている書評記事なんて、所詮はその程度の、チャーシューだけ食わせて満足しているような記事ばかりなのが実情だ。

要約を読みたいだけならば、Amazonの商品紹介ページを見ればいい。評価も同様に、Amazonレビューの星の数を見れば良い。だから、ブログ上の書評記事は、はっきりいって、あっても無くても変わらない、そんな無価値な存在なのだ。残念ながら。

どんな書評なら読まれる? 例) 著名人が書いた書評

かといって、全ての書評が無価値な訳ではない。もし書評が無価値だったら、これほど世の中に書評が溢れているはずは無い。では、どんな書評には価値があるのか、といえば、まず著名人が書いた書評が挙げられる。

例えば、以下に示すような書評サイトでは、著名な学者や小説家が書いたレビューが連載されている。こういったプロの文筆家が書いた書評と、素人作のブログ上の書評の、どちらをユーザーが選ぶかといえば、答えるまでもなく前者に決まっている。

凡人に"価値のある書評記事"は書けないのか?

では、凡人には、価値のある書評記事は書けないのか?

否、そんなことは無い

ただし、普通に読んだ本の感想を書いているだけでは、ダメダメなのは確かだ。私の過去の書評記事もご多分に漏れずダメダメだ。そこで以下では、凡人でも"読まれる書評記事"を書くアイデアを考えていこう。

凡人が価値のある書評記事を書く方法①:経験・実践を織り交ぜる

一つ目に、書評記事という二次的な情報と、自身の経験・実践といった一次的な情報とをミックスするといった方法が考えられる。

例えば、以下のような「最強の食事術」に関する本を読んだとしよう。それをただ読んで、まとめただけの感想には、散々言ってきたように、何の価値も無い。けれども、例えば「ここに書かれている〇〇のテクニックを、実際に一カ月間実践してみたら、体重が××kg減った」とか、そういう風に自分の経験・実践と併せて記載すれば、その情報に価値が生まれる

本というのは、作者の独壇場だから、例えば以下の本に書かれている食事術が仮に全くの嘘だったとしても、検証の仕様が無い。けれども、レビュアーが実際にそのテクニックを実践して、効果があったことを実証すれば、その本自体の信憑性を高めると共に、一次情報の記述によって自身への信憑性を高めることにもなる。

シリコンバレー式 自分を変える最強の食事

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凡人が価値のある書評記事を書く方法②:誰もレビューしないようなマイナーな本から、良書を発掘して紹介する

世の中は、それこそ星の数ほどの本で溢れている。そもそも本を読む人自体が少ないから、それらの莫大な本の中でも、人に読まれる本と言うのはひと握りしかない。けれども、「ベストセラー作品=良い本」という訳でも無ければ、「売れていない本・読まれていない本=役に立たない・つまらない本」という訳でも無い。本が売れるかなんて、内容云々以前に、「運」やマーケティングの巧拙に大きく左右されるのだ。良いブログ記事を書いたところで必ずしもバズる訳ではないのと同様である。

だからこそ、凡人書評ブロガーの戦略として考えられるのは、これらの「読まれていない本」から「良い本」を発掘して紹介することである。誰にもレビューされていない本を取り上げることが出来れば、そこはいわゆる"ブルーオーシャン"だから、凡人であろうが「お?こんな本あったのか?」という風に注目を引くことが出来る。

特に、読書と言うのは、一冊読むだけでも金・時間・エネルギーが結構かかる行為だから、どうしてもマイナーな本は"コスパが悪い"と避けられる傾向にある。上述したプロの書評家たちは、忙しい時間を、そんな当たりハズレのあるマイナー本に費やすことはしないだろう。だから、「マイナーな本から良書を発掘する」というの凡人だからこそ、可能な戦略なのである。まあ、活字を読んでいるだけで幸せ!というレベルの本好きでもない限り、やろうとも思わない戦略かもしれない。

凡人が価値のある書評記事を書く方法③:書評記事それ自体の内容・文体を面白くする。

これはかなり高度な方法だが、書評がそれ自体で面白ければ、凡人が書いたものだろうが読まれるだろう。例えば、森見登美彦ばりの特長的な文体で書かれた書評ブログがあったとしたら、即座に人気ブログと化すことは間違いない。あとは、村上春樹の小説を、村上春樹風の文体でレビューする、とか。ここまで来たら、もはや書評記事というよりも、一種のパロディネタだが。

ここまでやる必要は無いが、最低限の心掛けとして、書評記事を投下する前に、一度書いた文章を見直して「コレは果たして読んでいて面白いのか?」ということを自問自答するくらいは、やっておくべきだ。

「めちゃくちゃ面白い書評ブログ」なんてのがあれば、私なら絶対に読みたい 。書評ブログは山ほどあれど、「面白い書評ブログ」となると、ほとんど見かけない。あったら教えて頂きたい。そういう視点から考えると、"面白い"書評ブログというのは、レッドオーシャンに見せかけて、実は周囲のプレーヤーのレベルがそれほど高くない、ブルーオーシャンなのかもしれない。

 

以上、私自身への戒めも込めて、「読む価値のある書評記事」を書く方法・アイデアについて考察してきた。私自身これらのアイデア「実体験を織り交ぜる」「マイナーな本をレビューする」「面白い文章・文体で書く」を体現するような書評ブログを作り上げていきたい。