「残業・休日出勤」に励むよりも、「趣味」を究めた方が生き残れる

書評サイト「好書好日」のコラムで、直木賞作家の朝井リョウさんが「働くこと」について語っている。朝井リョウさんは、大学在学中に「桐島、部活やめるってよ」で作家デビュー。その後、会社員となり、3年間は兼業作家として働いたのちに、2015年に退社されている。直木賞を受賞した『何者』は、新入社員の頃に書いた作品だという。

さて、「好書好日」のコラムで、朝井リョウさんは兼業時代を振り返って、以下のように語っている。

私自身、兼業していた3年間は、朝6時前に起き、まず1~2時間は小説を書き、できるだけ残業しないように会社員としての業務を終えて、退勤後に2~3時間は執筆タイムを確保する、という生活でした。

(中略)

同期の社員が土日に競合他社の人たちと交流したり、上司とゴルフに行ったりしていたなかで、私は週末の全てを小説執筆に注いでいて、それがどんどん申し訳なくなっていきました。自分自身のことを、会社組織のなかですごく悪い「異分子」だと思い、罪悪感を抱いていました。

プライベートの時間を削ってまで頑張る同期の社員に対して、「申し訳ない」と罪悪感を抱くのは、多くの日本人が共有する感覚だろう。しかし、ここでいったん冷静に考えてみよう。以下のシチュエーションを、考えてみてほしい。

AとBの二人の若手社員がいるとする。

A:毎日遅くまで残業し、休日も異業種交流会や上司とのゴルフに費やす頑張り屋。
B:残業も休日出勤も一切しない。だが、実は直木賞作家である。

さて、質問です。あなたは、ある会社の経営者だとしましょう。そして社員Aと社員Bのどちらかをリストラしなければなりません。わが社の人材として、どちらの人材をキープしますか?

この質問に対して、多くの人は「社員B」と答えるのではないだろうか?もちろん社員Aのような秀才タイプも、会社を運営する上では不可欠な存在だ。しかし、社員Aは、勝間和代さんが言うところの「コモディティ人材」だ。言ってしまえば「普通の人」で、たとえリストラしても、似たような人材が手に入るのだ。

一方で、「社員B」は希少価値が高い。直木賞作家なんて、滅多に存在しない。手放したら、二度と手に入らない人材だろう。たとえ今はそれほど仕事をしていなくとも構わない。いつかは革新的な「何か」を成し遂げてくれそう、という期待感を抱かせてくれるからだ。

つまり、朝井リョウさんは、残業・休日出勤に励む同期に対して「申し訳ない」と、会社組織の中の「異分子」であることに罪悪感を抱いていたけれども、実は会社側にとっては朝井リョウさんのような「異分子」の方が、本当はキープしたかった人材なのではないだろうか。

この事例から分かるのは、「残業・休日出勤」に励んでコモディティ化するよりも、むしろ「趣味」を究めたレアな人材になった方が、会社から大事にされるということだ。ただし、「趣味」といっても何でもいいわけではなく、「直木賞受賞」ほどとは言わないまでも、究めたら一目置かれるような、生産的な活動でなければならない。

「残業・休日出勤」する暇があったら、好きな「趣味」を究めてみませんか?

 

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