ムダと変人が世界を変える!──『京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略』

こんな人にオススメ!

  • 自分を変人だと自覚している人
  • 規則や常識に縛られた、マジメな世の中に不満を感じている人
  • 教育に関わる人

私は、京都大学を出ている。地元は関東だから、「なぜ東大ではなく、京大を選んだのか」と良く聞かれる。正直なところ、その答えは「なんとなく」だ。もっと丁寧に答えるとすると、「面白そうだったから」あるいは「京都に住みたかったから」といったところだろう。

京大は「99%のクズと1%の天才を生み出す大学」ともいわれる。しかし、実際に京大で過ごしていた私の実感とは違う。今の京大生の大半は「普通の人」だ。留年しない程度に勉強し、サークルもバイトもそこそこやり、さして苦労せず一般企業へと就職する。そんな「普通の人」が大多数を占める。もちろん、いかにも京大的な「馬鹿と天才は紙一重」といった人もいない訳ではない。だが、そういう変人は、ほんの一握りに過ぎない。

京大に入学する前は、私も「どんな面白い人間に出会えるのだろうか」と期待を膨らませていた。しかし、京大での6年間を通じて、「こいつは面白い」と思えた奴は、ほんの数人に過ぎない。あとの大半は「ちょっと変わってはいるけれど、基本的には真面目で優秀」という人ばかりだった。私自身も「普通の人」だ。だからこそ、天才的な変人に憧れるのだろう。

京大の名物教授 酒井敏先生は、そんな「京大的アホ」が減ってしまった、今のマジメな京大への憂いを述べている。酒井先生の著書『京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略』では、カオス理論やネットワーク理論をもとに、ムダと変人が世界を変えることを論証していく。

京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略 (集英社新書)

京大的アホがなぜ必要か カオスな世界の生存戦略 (集英社新書)

 

バタフライ効果」という言葉は、専門外の人でも知っている。これはカオス理論の現象の一つで、「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる」といった具合の話だ。ほんのわずかな初期値の違いによって、未来は大きく変化する。つまり、未来を予測するには、この世界はあまりに複雑すぎる。だから、100%当たる天気予報を実現するのも、原理的に不可能というわけだ。

普通のマジメな人間は、物事を"効率"や"因果関係"で考える。短期スパンで考えるならば、因果関係はある程度成り立つ。しかし、長期スパンで考えた場合、因果関係で予測することは、不可能であることが、カオス理論から分かる。

そんな予測できない未来を生き抜くために、一定数の「アホ」の存在が必要になる。酒井先生は、こんな例を挙げている。今の生物は、酸素を吸って生きている。この酸素は植物の光合成の産物だ。この光合成を最初に始めたのが、シアノバクテリアである。しかし、シアノバクテリアが登場した当時の地球にいたのは、酸素を必要としない、それどころか酸素を「毒」と感じる生物であった。つまり、シアノバクテリアは、光合成を発明したイノベーターというよりかは、酸素という「毒ガス」をまき散らしたテロリストに近い。シアノバクテリアの登場によって、多くの生物種が絶滅したと考えられているそうだ。

しかし、多くの生物が酸素テロに次々とやられる中で、毒ガスを「うまい」といって摂取するアホが現れる。そんな常識外れの「アホ」こそが、私たち人間も含めた、酸素を摂取する動物の先祖なのだ。このように、常識外れの「アホ」の存在が、異常時を生き延びる上で不可欠なのだ。

本書『京大的アホがなぜ必要か』では、上述したようにカオス理論から「アホ」の必要性を導く。続いて、先生ご自身の「アホ」な研究の紹介や、さらには「アホ」の重要性を見失った昨今の大学教育の批判へと話をつなげる。

酒井先生も、自身のアホなエピソードを披露している。例えば、大学時代には一輪車で通学していたそうだ。間違いなく、アホである。もっとまともな例としては、「フラクタル図形」に着想を得て、「フラクタル日除け」なるものを発明されている。これは、穴だらけなのに、ほぼ完全に太陽光を遮る、という不思議な代物だ。

冒頭で述べたように、私は京大にいながら、「京大的アホ」に出会うことが出来なかった。むしろ、ウェブ上で「京大的アホ」を見かけることのほうが多い。例えば、ブロガーのARuFaさんや「無駄づくり」の藤原麻里奈さんは、酒井敏先生が提唱する「ムダと変人が世界を変える!」という言葉を体現している。そんな「アホ」を育て、使いこなせる社会・組織こそが、予測できない未来を生き延びるのだ。

無駄なことを続けるために - ほどほどに暮らせる稼ぎ方 - (ヨシモトブックス)

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