【書評】「仏教って意味不明」そんな人にこそ読んでほしい─『禅の教室』

『禅の教室』(中公新書) を読みました。この本は対談形式で、曹洞宗僧侶の藤田一照さんが、詩人の伊藤比呂美さんに「禅とは何か」をレクチャーしています。「仏教」とか「禅」に興味がある人ならば、絶対に読んで損はない一冊です。かくいう私も、仏教や禅は大好物なので、もちろん楽しめました。

禅の教室 坐禅でつかむ仏教の真髄 (中公新書)
 

 『禅の教室』を読んで連想したのは、ジャンルは全く異なりますが、結城浩さんの『数学ガール』です。『禅の教室』と『数学ガール』の何が共通するのか、というと「分からない人」の視点があることです。伊藤比呂美さんは仏教経典や仏教説話の現代語訳も手掛けているように、仏教の素人という訳ではありません。それでも、藤田一照さんの発する仏教語に対して遠慮なく「分からない」と言い放ち、「仏教用語は意味不明だ」という仏教初心者の読者の声を、随所で代弁してくれます。お二人の対談は、以下に引用するような調子で進みます。

一照 そこで出てくるのが、八正道というやつです。

比呂美 ああ、また新しいことばが…。説明してください。

一照 仏教というのは、新しい言葉をそれが内包している新しい考え方と一緒に身につけるようなもんだから、外国語を学ぶのと似たところがあるんですよ。だから新しい単語が出てくるのは当たり前。辛抱してください(笑)
藤田一照、伊藤比呂美著『禅の教室』p24より引用

こんな調子で、新しい仏教用語が登場するたびに、伊藤比呂美さんが「それ分かんないんだけど。もっと分かりやすく解説してよ」といい、藤田一照さんが苦笑しつつも、もっと平易な言葉で言い換えて説明する。そんな風に対談が進んでいくので、仏教や禅に関する予備知識がない人でも読める本に仕上がっています。かといって、内容のレベルが低いわけではなく、読み終わったころには「縁起」や「如来」のような仏教用語にもいつの間にか慣れ親しんでいる、という凄い本です。ちなみに、結城浩さんの『数学ガール』も全く同じ構成で、"数学が得意なガール"と"数学が苦手なガール"の対談形式にすることで、「数学が分からない人」でも楽しめる内容になっています。

数学ガール (数学ガールシリーズ 1)

数学ガール (数学ガールシリーズ 1)

 

仏教には、現代社会を生き抜く上のヒントがつまっています。例えば、仏教の考え方の一つに「中道」があります。中道とは、日常的な言葉でいえば「バランス」のことです。言わずと知れた仏教の創始者、シッダールダは、もともと王族の出身で、物質的な豊かさを享受していました。その"豊かな"生活に疑問を感じ、妻や子を置き去りにして脱走し、今度は打って変わって「苦行」に救いを求めます。しかし、いくらストイックな生活を送ったところで、何も救われない。そうして「物質的な豊かさ」にも、その正反対の「苦行」にも、救いはないことを悟り、そのどちらにも極端に振れることのない「中道」、つまりはバランスの取れた状態に行き着きます。

このシッダールダが悟りに至るプロセスは、現代日本にも通じるでしょう。必死に物質的な豊かさを追い求めた高度経済成長期。しかし、かつて人々が夢見た、物質的に満たされた社会に生きる私たちが「幸福」かと言えば、そうではない。仕事とは苦しいものだ。人生とは苦しいものだ。そんな「苦行礼賛」ムードが漂っています。だから今こそ、「中道」を心に留めるべきでしょう。物質的な豊かさを追い求める必要もなければ、自分を追い詰める必要もない。